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第825話

Author: 宮サトリ
弥生は隣で様子を見守りながら、思わず眉を上げて笑ってしまった。

普段は何も考えていないのに、いざ考え始めるとこんなにも思考が飛躍するなんて。

彼女は楽しげに眉を上げると、軽く冗談めかして言った。

「それはどうかな?もしかしたら、彼......本当にあなたのこと、好きなのかもよ?」

「ありえない!」

由奈は即座に首を横に振って否定した。

「クソじじいが私のことを好きになるなんてありえない!違った、社長ね。もう彼にあだ名をつけないって決めたんだった。彼が私なんかを好きになるなんて、正気じゃないよ」

「どうして彼があなたを好きにならないと思うの?」

「だって私はただの普通の社員だよ?彼の周りにはお金持ちの令嬢や美人が山ほどいるんだよ?容姿もスタイルも良くて、地位もあるような人たちが。そんな中で、彼が私みたいなのを選ぶなんて、よっぽどおかしくならない限りないでしょ」

親友のそんな自己卑下に、弥生は少し不満そうに口を開いた。

「でも、あなたも全然負けてないよ」

「ふふっ、わかってるってば」

由奈はそう言いながら、弥生を抱きしめてにっこり笑った。

「私が全然ダメって意味じゃないの。でもね、冷静に状況を見れば、やっぱり私は他の人たちと比べて劣る部分が多いの。社長の周りには、完璧な人たちがいっぱいいるんだから。だから彼が私に惹かれるなんて......やっぱりありえないよ。今回一緒に来てくれたのも、きっと私をこき使うためか、あるいは正義感からだよ」

弥生は小さく首を振った。

「でも、人の気持ちって、相手の条件だけで決まるものじゃないよ。私は、長く一緒にいた時間とか、ある特定の瞬間の出来事のほうが大きいと思ってる。その一瞬の出会いや出来事で、心が動くことだってあるでしょ?」

「......うん、確かに。それは一理あるね」

一度納得しかけた由奈だったが、すぐまた現実思考に戻った。

「でもね、それでもやっぱりありえないと思う。彼の周りの女性の数、弥生は知らないでしょ?いや、むしろ知ってるか。瑛介の周りにも同じように女性がたくさんいるもんね。彼らっていつも女性に囲まれてるから」

弥生はそれ以上は何も言わなかった。

本当に好きかどうかなんて、第三者が口を出すことじゃない。

もし浩史が本当に由奈のことを好きなら、今回一緒に来てくれたことがその証拠かもしれ
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